松本幸夫「裏」の話

肩書きを何にするか

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初めてテレビに出たのは、NHKでした。

困ったのは、医者でも大学教授でもなく、当時は会社を経営していたのでもなく(NHKですから当然社名もだせないのですが)、肩書きをどうするかということです。

 

結局、集中するための体操を指導したので、その時実際にしていたヨガ研究指導家ということに落ち着きました。

ちなみにオウムの団体が世に出てくる10年以上前で、インドに行ったのもずっと前で、団体とは何の関係もないのですが。

 

私はそのあとは、作家になり、研修の世界に入りましたので、昔の真面目なヨガ仲間が迷惑な事件で誤解されて、まともな真面目な会員が来なくなり経営があぶなくなったことは話で聞くだけだったのですが。

ちなみに何も世間的なキャリアも名前もなかったので、「研究指導家」というのは便利な肩書きかもしれません。

 

それから、ある程度テレビの仕事も実績を積んで、今でいう医者・ドクターのようなことを話すこともありました。

頭の使い方や働きを話すことをしました。

 

個人名を出せば、茂木健一郎さんのようなテーマの話。
彼は肩書きもキチンとしたものがありますが、私にはありません。

2000年の前後、初代モーニング娘。の頃です。

 

共演?したこともあります。
私は別のスタジオで別撮りでしたが。

彼女らはあまりに忙しくて、私とはスケジュールが合わなかったからです。
その形で明石家さんまさんとも共演しました。

別にスタジオで撮って番組中に流すわけです。

 

そこでは、「話し方研究指導家」といった肩書きで、ゲストのまだタレントだった山本太郎さんのアガリ症を治すといったテーマでしたが。

録画の本当の共演は、古舘一郎さん・和田アキ子さんがMC永作博美さん、そのまんま東さんの『オフレコ』でした。

 

その時の肩書きは、何だと思いますか?
まだ先述の脳科学者の茂木さんはテレビ界には登場していません。

かなりきわどいですが、嘘ではない肩書きの「脳医学研究家」というのがディレクターが考案した私の肩書きです。

面白いでしょう。

 

今は、作家という肩書きだけの名刺を使っていますが、昔から憧れていた 松本幸夫 と言う名前だけの名刺や、名刺を出さなくても知られているメジャーになりたいなとは今も思っています。

他にもここには書けないような肩書きを自分で勝手に使っていたこともあります。

 

会長とか、国際ナントカ代表など、会員ゼロなのに名乗っていたこともあります。
実力・実績をともなわない肩書きは自己満足にすぎないなというのは結論です。

それでも、対外的には何かそれらしいモノがあるとカッコウがつきます。
さてあなたの肩書きは何でしょうか?



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