松本幸夫「裏」の話

創作にエネルギーを集中させる

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10年ほど前に、本を書く上での創作の仕方について企画しました。
題して「エネルギーマネジメント」でした。

言わんとすることは、創作には多大なエネルギーを使うから、日常の些細なことにはなるべくエネルギーを使わないこと。
そしてそのエネルギーを、創作だけに集中して使えという主旨でした。

 

当時は、いくらピカソやモーツアルトが日常の細かなことに気を配らなかったこと、彼らには創作以外は見えなかったこと、芸術家は電車の切符の買い方を知らないくらいで良い、自分の創作以外にはエネルギーを使わないのが理想。

などと力説しましても、その意味を理解できる編集者はいませんでした。

 

原子力や、風力などの発電所の話?と勘違いされるくらいで、企画は理解されませんでした。
今は少しは分かる人はいるようですが。

できるだけ、クリエイターは、細かなことに気を配りエネルギーを浪費せずに、創作にエネルギーを傾注させるのが、成功の鍵ということはずっとテーマにしてきました。

 

深夜にテレビを見ていましたら(ちなみに今は私はめったに録画していません、原則その時に放送されるのを見るだけですが)映画監督の上田慎一郎氏が出ていました。

カメラを止めるなの監督と言えばわかりやすいかも知れません。
奥さんは、上田氏の映画を撮る力は認めているようですが、私生活はポンコツとまで酷評しています。

 

が、私見では浅い見方だなと思うのです。
彼は、創作に力を傾注させたいのです。
またそれを実行しています。

 

番組の中で、成功の秘訣をトイレの電気をつけっぱなしにしろ、と面白く語っていました。
本人はよく消し忘れるのだそうです。

消し忘れても、クリエイターとしての力を発揮すればよいので、そこは大目に見てくれというような話をしていました。
MCは意味がわからないようなコメントをしていました。

 

でも私は吉田氏の考えはとてもよく理解できました。
トイレの電気など、創作の前にはどうでもよいことなのです。

そこに使うエネルギーがもったいないのです。
あなたには、創作のエネルギーを貯めておいて、イザ創作と言うときにエネルギーを全開にさせる感覚は理解できるでしょうか?

 

吉田氏のトイレの電気というのは一つの譬えです。
言うまでもありませんが。

ただ最近、譬えを自分に置き換えて考えるのができにくい人が多いなとう感想があります。
「自分はトイレの電気を消し忘れたことはありません」とか「電気代がかかりますね」的なことを本気で言う方がいるのです。

 

以前に一生懸命に熱中してひとつのことに取り組んだことがありますか?
ということを強調したくてたとえのエピソードを書きました。

古い時代に貧しくて本だけは異常に読んでいた、木造アパートにいたころの話です。
本のあまりの重さで、私のいた2階の床が抜けてしまい、下の階からクレームが来たという話です。

 

これは、床が抜けた話がメインではなく、そのくらい熱中して本を読んだ時期があったので、そのように取り組んだことがあなたには何かありますか?という主旨です。

すると、「私はクラシックレコードを集めるのが趣味で床が沈んでしまい母に怒られました」というような自分の話を延々とする人や、「私は読書が趣味でないので床が抜ける心配はありません」というような、どうもたとえの話にとらわれてしまい、主旨をとらえていないなということがよくあるのです。

 

ここでは読解力の話ではないのでこれ以上は書きませんが、少し最近憂いていることなのですが。
セミナーでも、自分の仕事に置き換えたらどうなるかを受講者に教えてくれという担当者がいるくらいです。

それは彼らが自分の頭で考えることです。

そこまで教わってどうするのか?
今はそんなことが、当然と思われている時代です。

残念ですけれども。

 

創作は、あなたの志や情熱を傾けていることに置き換えて考えても同じことです。
あなたは、自分の持つ力、エネルギーをはたして何に傾注しているでしょうか?

そしてそのためには極力、些細なことにはエネルギーを浪費しないよう心がけて欲しいなと思います。

 

トイレの電気は消し忘れても良いのです。



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