松本幸夫「裏」の話

この先生は誰のことだろう

投稿日:

まだ、講演を始めたばかりの頃、よく東京を離れて会場につくと、司会者が「今日はわざわざ東京から偉い先生をお呼びしています」と紹介されることがよくありました。

当時は、東京から先生に来ていただくこと、そのものがウリにもなっていたのです。

隔世の感がありますね。
はるか昔へ、タイムマシンにでも乗った気分です。

 

しかも、だいたいの聴衆が私より若い。
時としてはるかに若いのです。

垂れ幕に、大きく松本幸夫先生などと書いてあります。
本当に私には、「この先生って誰のこと?まさか自分のことか」という思いが何年も続いていました。

 

企業の中での研修などですと、やはり受講者の方が私よりも若いことが多かったのです。
中堅社員など相手ですと、40前後の方が多いのです。

そこへ、20代の童顔だった私が「先生でございます」と登壇するのはとても勇気のいることでした。

 

私は徹底的に研究して、講演も研修も中身には自信はありましたが、年齢的に受講者に
「こいつが先生?」
と思われることが大半でした。

逆の立場なら今ならよくわかります。

 

自分たちの後輩や、新人のような年の若者になど、習いたくないと思うわけです。

話せば、スゴイ、さすが先生というのはわかるのですがそこまでに、ネガティブな感情の中話すのはとてもつらいものがありました。

 

また、一般の先生のイメージ、すくなくとも当時は「常識がある」「人格者」「清廉潔白」などというのとは真逆の性格でした。

これは今の万一ファンの方がいましたら幻滅されるかも知れませんが、本当です。

 

少なくとも当時は、小心者だし、ひがみ根性で性格もひねくれて、大学も6年かかってブラブラしていたし。

11か月もインドに行ったり、アジアを放浪するような、未来も定まらない人間でした。
たまたま物書きに向かったからよかったものの、しつこい人間ですし。

 

ですから、「この松本先生というのは自分のことか?」と、会場の垂れ幕を見るたびに思っていたのです。

もちろん、学ぶ姿勢と集中力は今でも、当時はとてもあったなとは思います。
独学で本を出して、何時間も人前で話せる。

 

その能力といいますか、努力を続ける才能はあったのかもしれません。
そうでないと、私の書いたものを読んだり、話を一生懸命に聞いている方々に失礼でしょう。

書いている中身、話している内容は及第点でしょうし、真摯に研究して行動することは自分でも敬意を持っています。
ただの過信かもしれませんが。

 

ただし、先生の名に値するのか、そんな立派な人間かとなってくると。
そうではないのは自分が一番よく知っています。

でも時々思うのです。
もちろん先生に値する高潔な人格の方はいるのでしょうが、私ほどにはひどくなくとも、むしろ人並にさえいかない先生もどきの人はいるのではないかな、と。

 

自己卑下に近い感じの文になったかもしれませんね。
今でもそのままというわけではありません。

もちろん。

 

ただし、先生に限らず世の中の偉い人も、生活のすべてにおいてスゴイこともないのではと思います。

不思議なもので、「先生病」というやっかいな病気もあります。
先生と呼ばれ続けますと、そう呼ばれるのが当たり前で、普通にさん付けですと嫌な気分になったりします。

 

私も30年以上呼ばれてきて、この病気に残念ながらかかっています。ますます。

この先生っていうのは誰?というような初心を忘れないようにしたいなと切に願っています。

それではまた。



☆☆松本幸夫公式メルマガ☆☆


「人に共感してもらう文章をかきたい」
「文章で人を感動させたい」
「心に刺さる文を書くにはどうしたらいいのか?」

感動させる文章を書きたい、
ただ純粋に願うあなたへのメッセージを
月2回お届けするメルマガ。

-松本幸夫「裏」の話

Copyright© 松本幸夫オフィシャルサイト , 2018 All Rights Reserved.